Magic of Pokemon/The "Pokémon Incident" Tons of Words

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「ポケモン事件」トンデモ語録
塚原尚人

ポケモン事件の原因をめぐっての議論は、ポケモンで子どもが倒れた!という二ユースが流れたのと同時に起こっている。この種の社会的事件が起きた時の反応としては、いつものことだ。たとえば、酒鬼薔薇事件の時もそうだった。被疑者である少年の人格異常説、脳の傷害説、そして社会的・文化的背景を論じるものまで、ひと通りのパターンの言説がいつものように差し出された。もはやお約束の事態である。

▶|「光」をめぐる狂騒曲

今回のポケモン事件でも、それは同じである。ただし、今回は明らかな身体的異常が見られたからこその事件であり、当初はなぜ子どもたちが倒れたかという医学的な原因を追究する報道が先行したのが特徴だ。
とはいえ、その医学的な原因をめぐる報道すら、時間の経過とともに少しずつ変わっていった。たとえば、朝日新聞は九七年十二月十七日付けの朝刊一面で、今回の事件で倒れた子どもたちの症状は、「光過敏性てんかん」あるいは「光原性てんかん」と呼ばれるものに似ていると報じている。同じ十二月十七日付けの朝刊では、専門家のコメントを載せ、それぞれ「テレビてんかん」ではないか、「集団ヒステリー」ではないかと原因を推測している。ところが、十七日に日本てんかん協会が「光過敏性てんかん」はまれであり、てんかんへの差別や偏見の助長につながらないよう配慮してほしいと訴えたせいか、徐々に「光過敏性てんかん」という言葉は見かけなくなっていくのだ。
代わって出てくるのが厚生省などが使った「光感受性発作」などの言葉だが、これらの説明によると、一過性の症状であれば、たとえ症状が似ていても「光過敏性てんかん」ではないということらしい。しかし、この種の症状名はかなりの数が入り交じって報道されていたことには変わりはない。「光過敏性てんかん」「光原性てんかん」「光感受性発作」「光過敏性発作」「光過敏性諸症状」「光誘発性発作」「光過敏

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症」など各種入り乱れ(共通しているのは、「光」という言葉が含まれていることくらいのものだ)、素人にはどこがどう違うのかよくわからない。「てんかん」だという当初の報道から、それと気づかれないように別のものにシフトしていくための方法だったのかもしれないが、素人からしてみれば、あたかも目眩ましにあったかのような気分である。目がチカチカする事態だ。

▶| 電磁波がアブナイ!?

症状名の混乱ぶりは、当然のことながら原因をめぐっての言説にも現われる。なかでも傑作だったのが、『週刊女性』九八年一月二十日号である。「女性・子どもを脅かす光の正体!」とドカーンと踊った見出しも目をひくが、なんといっても注目すべきなのはその見出しを補助する「悪玉は電磁波ではなかった——子どもを守るポケモン講座」というキヤツチコピーだ。今回の事件に関する報道などをいろいろ調べてはみたが、電磁波が原因であったかもしれないとする説を紹介しているのは、私の知る限り、『週刊女性』だけであった。そうか、原因は電磁波である可能性もあったのか。なるほど、と思いながら、本文を読み進めていくと、「テレビ画面による〃光〃の刺激は誰にでも『光感受性発作』を引き起こす危険性を秘めているのです」と医療ジャーナリストのコメントを引用しいた後で、いきなり「やはり悪玉は電磁波ではなく光だった」とくる。まさに驚くベき展開である。なにしろ、これ以前には、電磁波が原因だったという説を一切紹介していないのである。この「電磁波」の登場の仕方はいかにも唐突だ。じつに「電波」な文章である。

93  PART-1▶「ポケモン事件」とメディア

この『週刊女性』の記事で目を引くのは、何も「電磁波」に限ったことではない。この記事の本文は、「光感受性発作」研究の第一人者である国立療養研究所静岡東病院名誉医院長・清野昌一氏との質疑応答がメインとなっているのだが、これがまた奮っている。いくつか引用してみよう。
*
Q・光の被害を避けるには?
A・見ていて気持ち悪くなったら、画面の縁を見るといい。また、片目を片手でしっかり塞げば刺激も半減される。

Q・カメラのストロボは心配ない?
A・一回限りでは問題なし。ただし至近距離で繰り返しストロボを焚いて撮影していて、子どもが発作を起こした例も。

Q・番組をコロコロ変える癖があるのだが?
A・チャンネルを変えて画面がちらつくことで発作が起こった例が報告されている。リモコンを使う場合でも、テレビに近寄っては危険度は同じ。
*
片目を塞げば刺激が半減されるというのは、まさしくコロンブスの卵的発想である。が、本当に実効性があるのかどうかは大いに疑問だ。
至近距離で繰り返しストロボを焚いて撮影をしていると光感受性発作が起きかねないというのも、なかなかスゴイ。厚生省の資料によると、光感受性発作は、閃光や光の点滅などで発作が起こり、問題となる閃光刺激周波数は、十五ないし二十ヘルツとされている。つまり、一秒間に十五から二十回の光の明滅が問題となるわけだ。問題となったポケモンの場面は、これに近い光の点滅があったからこそ、大規模な騒ぎとなったのだろうが、それにしても、一秒間に二十回も発光できるほど不必要なまでに高性能なストロボがあるとは到底思えない。それとも件の子どもは報道陣のフラッシュの雨を浴びて発作を起こしたのだろうか?
となると、今回の事件で被害にあった子どもにストロボをバシャバシャと焚いて撮影をしていたマスコミの責任はかなり重大だ。もし取材中に発作が起きたらどうするつもりだったのか?
この『週刊女性』の記事自体は、たぶん真剣なのである(と信じたい)。とはいえ、テレビからできるだけ離れて見るように、などとのアドバイスを受けた後で、「食事をしながらテレビを見るというのは……?」という質問をぶつけているのはやはり強烈だ。それに対し、清野昌一氏は「マナーの面では失格ですが、画面に対する熱中度、関心度が低下するということでは発作対策に有効かも」と答えている。
今回の事件のようなことが起きないために、(一)テレビ画面からなるべく離れて視聴する、(二)部屋を明るくして視聴する、(三)長時間、テレビを見たりしないようにする、などの予防策が各所で語られたが、『週刊女性』によると、食事をしな

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がらテレビを見ることも有効なようだ。まさに目眩がする問答である。
なお、『TV博物誌』(荒俣宏著・小学館)によると、テレビ黎明期の頃、秋葉原では「画面からエックス線が出て、長く見ていると被害を受ける」という話があったそうである。実際には、被害が出るほどのエツクス線は出ていなかったそうなのだが、どうやら昔からテレビにまつわるトンデモ言説は尽きないらしい。ただし、リモコンでチャンネルを変えると画面がちらっくようなテレビは壊れている可能性があるので、買い替えたほうがいいだろう。

▶| ポケモン・ショツク・チルドレン!

酒鬼薔薇事件の時と同じく、今回のポケモン事件も、パソコン通信などで活発な議論がかわされた。インターネツトのホームページには、問題の場面を収録したムービーなどが置かれ、それがまた新聞などで報道されて騒ぎが起きたりしたのも、酒鬼薔薇事件と同じだつた。
しかし、パソコン通信上での今回の事件に対する反応は、おおむね落ち着いたものであった。論調としては、マスコミの論調を非難する傾向のもの、「ポケモンは悪くない!」「ピカチュウは悪くない!」という論調のものがほとんどだった。これは、「ポケモン事件は電脳時代における未知の危険を警告したものだ」とか、刺激の強すぎるアニメに対して警鐘を鳴らすマスコミの論調などに対し反発したものだろう。
それらが標的としていたのは、たとえば、まんが評論家で日本社会事業大学講師の石子順氏が毎日新聞の十二月十七日付けの大阪本紙夕刊に寄せた「最近のアニメは、エヴァンゲリオンやセーラームーンにしても、表現が鋭角的で、攻撃性も強い。社会全体に余裕がなくなっていることの反映ではないか」のようなものだったはずだ。要するに、基本的な構図としては、これまた酒鬼薔薇事件の時と同じように、インターネット(パソコン通信)VSマスコミの争いである。
もっとも、こうしたマスコミの論調に反発する傾向は、パソコン通信上だけのものではなかった。テレビ東京にはポケモンの放送を中止しないでという電話が殺到したと聞くし、朝日新聞が十二月二十日付けの朝刊に載せた事件に対する読者の投書も、「本当にポケモンが好きです。また、見たいと思っています。アニメの技法に問題があったわけで、ポケモン自体が悪かったわけではない」というものばかり。母親たちからの反応も「最近では珍しく安心して見せられる番組。原因がわかったら、ぜひまた放送してほしい」などというものがほとんどだったのだ。
パソコン通信上での「事件」に対する反応は、マスコミの論調に反発しながらも、それだけでは終わらない。「今回の事件によって、ポケモンは一気に社会的認知度を高めた」だの、「この事件を題材にして村上龍が『ポケモン・ショツク・チルドレン』みたいなものを書くかもしれない」だの、アニメ「エヴァンゲリオン」と比較し

95  PART-1▶「ポケモン事件」とメディア

て、「視聴者より先に監督がおかしくなってしまった『エヴァンゲリオン』より、(視聴者のほうが先におかしくなった)ポケモンのほうがまだマシだ」だのと言いたい放題。事件だけでなく、事件の報道すらをも揶揄するものも見られたのである。
ここまでくると、マスコミの報道に反発するというよりも、マスコミのトンチンカンな報道ぶりを楽しんでいるフシさえ窺える。実際、ニュースキャスタ—の木村太郎氏が番組で述べたという「人気番組を媒体とした意図されたサブリミナル効果だ」というコメントなどは、ほとんどギャグの対象であった。挙げ句の果ては、「こんな卜ンチンカンな報道がされるに違いない」などと自ら予想して楽しんでいた手合いもいたほどだ。こうした反応を「成熟」の現われとみるかどうかは意見の分かれるところだろうが、一種の観客民主主義の有様であることはたぶん間違いない。少なくとも、なかば自動的にマスコミの論調に反発する向きよりはマシだという気がする。

▶| ポケモンはサブリミナル番組だった!?

パソコン通信上では、事件の報道を揶揄する傾向が顕著だったが、実際にこれらの手合いの期待に図らずして応えるようなコメントを発表する専門家がいたことも見逃すわけにはいかない。その代表が、オウム事件の時に一躍有名になった脳機能神経学者・苫米地英人氏だろう。苫米地英人氏は本書のインタビューでも(一五八ページ参照)自説を展開しているが、『週刊現代』九八年一月三日•十日号でも、ほぼ同じことを簡単に述べている。
苫米地英人氏は、自身のホームページ (http://tomabechi.com/) に「ポケモン現象の分析」と題した文章を載せてもいる。それによると、今回の事件は光過敏性てんかんではない。「もしも光過敏性てんかんであった場合は、問題となっている約四秒間の点滅シーンのようなシーンは他のアニメでも多用されており、過去に同様な問題が多発しているはずである」ということらしい。
苫米地英人氏が今回の事件の原因だとするのは「光感受性発作」というなにやら曖昧なものとはひと味違う。ひと言で言えば、それは「〃変性意識誘導〃に失敗したから、子どもたちが倒れた」というものである。要するに、問題となった回の『ポケモン』は、一種の催眠状態に誘導する仕掛けが随所に施されていたというのである。具体的には、光の点滅パターンだけでなく、「番組の中で、メトロノームの音がまず聞こえてから、その後に振り子が振られるなどといった、まずイメージさせるもののキューを与え、その後から実際にそのイメージを見せるといった催眠誘導で利用される手法に相当する効果も用いられており、さらに、渦巻きやヒプノディスクに似た回転する同心円などの、イメージが多用されており、これらも変性意識生成に副次的な作用を与えたと思われる」(「ポケモン現象の分析」より)ということであり、子どもたちが倒れたのは、「今回、病院に運

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ばれた子どもたちは、催眠誘導中に暗示的な言葉に反応したか、(催眠状態に)誘導する刺激が強すぎたので、〃拒絶反応〃を起こしたんです」(『週刊現代』九八年一月三日・十日号ただし、括弧内は筆者)ということらしい。簡単に言うと、「『バッドトリップ』を引き起こしてしまった」(「ポケモン現象の分析」)のであり、つまり催眠状態(変性意識状態)への誘導に失敗したからということのようだ。
今回の事件が、一種の催眠状態が原因だったとしていたのは、何も苫米地英人氏に限ったことではない。たとえば、マスコミ評論家の茶本繁正氏は「画面が神経を逆なでするような状況で、人間を興奮状態にする『逆催眠』がかけられたのではないか」と毎日新聞十二月十七日付けの朝刊にコメントを寄せている。
また、今回の事件とは直接関係ないものの、催眠術師・カウンセラーの松岡圭祐氏は『テレビもゲームも催眠術』(ジャパン・ミツクス)という、そのものずばりのタイトルの本で、テレビゲームで倒れる子どもがいるのは、ゲームによって一種の「トランス状態」に導かれるからだとし、「トランス状態心に入ると心身ともに弛緩する方向へむかうので、脳の意識水準の低下とともにふと意識の喪失を一時的に体験したりするのである」(同書一六二ページ)と書いている。松岡圭祐氏によれば、パチンコも催眠商法だそうだ。
苫米地英人氏の主張は、これだけでは終わらない。「テレビを見て何ともなかった子は、〃快感〃を得ているんです。一種の催眠状態下で、ポケモンの世界にリアリテイーを感じている。その数は、発作を起こした子どもの数百倍から数千倍でしょう」(『週刊現代』九八年一月三日・十日号)と述ベ、「一晩にしてポケモン教信者の子どもたちが数十万人生まれたということになる」(「ポケモン現象の分析」)とさえ言う。苫米地英人氏が警告しているのは、子どもたちが倒れるような映像テクニックに対してだけではないのだ。「運良くポケモンは、際だって暴力的な番組でもなく、また反社会的なメッセージが込められているわけでもなかった」(同)ものの、「今回のポケモンのプログラムパターンは、『洗脳的』」(同)であり、「もし、この番組が暴力的であったりした場合は、場合によっては千人の酒鬼薔薇聖斗が生まれていたかもしれないのである」(同)と述べる苫米地英人氏は、サブリミナル効果に対する警告をしているのである。苫米地英人氏が述べているのは、結局のところ、手法、つまり変性意識状態に誘導すること自体に批判的なのではなく、その手法を使うことによつて意識に投げ込まれる内容に注意せよということだろう。まあ、良識的もの言いであり、それゆえにありがちな俗論でもある。
誤解のないように言っておくと、本書のー五八ページを見てもわかるように、苫米地英人氏の推論自体は、それほどトンデモないものではない。実際、各種調査の結果は、苫米地英人氏の言うとおりのものになりつっあるようなのである。それに、「光

97 PART-1▶「ポケモン事件」とメディア

過敏性てんかん」原因説は、前述したとおり、ほとんど見かけなくなつた。
しかし、だ。サブリミナル効果などないというのが学問的定説ではなかったのか?「結論を言えば、識闘下の刺激でも認知は起こりうる。しかし、その効果はあまりに小さくて他人の行動を変えることなどできない。平たい言葉で言えば、サブリミナルは『あったとしても、その効果は弱すぎて実用上は何の意味もない』ということだ」(別冊宝島『陰謀がいっぱい!』収録「サブリミナルなんて怖くない!」皆神龍太郎)ということだったはずだ。
また、問題となった回のポケモンを見ていた子どもたちが「快感」を得ていた、っまり「トリッフ」していたかどうかも疑わしい。もっとも、苫米地英人氏によると、夢見ている状態、酒に酔っている状態、LSDをやっている状態、小説や映画にはまっている状態もすべて「変性意識状態」だそうだから、夢中になってポケモンを見ていた子どもたちは「トリップ」していたということになっても無理はない。
要約しよう。苫米地英人氏の主張は結局のところ、催眠状態゠変性意識状態゠サブリミナル゠トリップということになる。映画も小説もサブリミナル。これをトンデモと呼ばずして何と呼ぼうか。

▶| 兵器としてのポケモン!?

今回の事件で飛び交ったトンデモ言説として見逃せないものに、「問題となった手法は、兵器として使えるのではないか」というものがある。たとえば、九七年十二月十七日、マスコミの「社会現象にまでなったアニメが、また、社会現象を呼んだ形だが」という質問に、橋本龍太郎総理大臣は、「何だか事態は広がっているようだね。光とかレーザーというものは、もともと武器としても考えられていたものだ。効果にはまだ未知の部分が残っているんじゃないか。実験段階のものがブラウン管を通して、多くの国民の目に触れたとき、それがどういう影響を及ぼすか定かではないと思う」(「産経新聞」九七年十二月十八日付朝刊)と答えている。
いくらなんでも、武器はないだろう、武器は。と思ったものの、さすがに世界は広い。問題になったような手法を兵器に応用しようという動きが本当にあるらしいのだ。たとえば、毎日新聞は「【ワシントン23日共同】二十二日発売の米誌USニュ—ズ・アンド・ワールド・リポートによると、日本で人気アニメ『ポケットモンスタ—』の強い光の点滅で子どもらが体に異常を起こしたのと同様の効果を応用し、コンピューター、テレビ、映画などを利用する光線兵器の開発を米国とロシアが進めている。兵器専門家によると『このような兵器の開発は技術的には問題ない』という。同誌によると、米国防総省は非殺傷兵器としてストロボ光線を軍事用に利用できないかを研究。また、ロシアは人体機能に影響を及ぼす特定の光の組み合わせを敵方のコンピューター画面に出現させる『666』と呼ばれるコンピューターウィルスの開発

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を完了した、ともいわれている」という記事を九七年十二月二十四日付けの朝刊に載せている。「666」とくるところなど、出来すぎなほどにトンデモである。ちなみに、九八年二月五日発売の『週刊新潮』によると、同様の報道を北朝鮮の新聞もしたそうである。資本主義は堕落している、とでもいいたいのかもしれないが、そのうち北朝鮮も似たような兵器を作ろうとするのではないかという気がしないでもない。
が、こうした兵器は、まったく現実味のないものではないらしい。『マインド・コントロールの拡張』(浜田至宇著・第三書館)によると、「ストロボ兵器」というものがあるそうだ。「これは電磁波ではなく光を点滅させて、脳波に影響を与えようとするものだ。光パルス兵器ということもできる。その代表的なものにイギリスのセキユリティ会社が開発したヴァルキリ(Valkyrie)という名前の装置がある。これは警察などの治安部隊にも採用されているものだ」そうで、効果のほどは「雑誌社のある事務員はこの点滅する光を浴びたほんの二、三秒後にすぐさま強い吐き気を催しトイレに駆け込んだという。しかし、別の会社員の場合は三十秒もの間、光をじつと見つめていたもののなんの効果も表れなかった。それだけ人による効果の違いがあるわけだ」となつている。「この装置の効果は短い時間の照射でもすぐに表れ、照射された人間の気分は悪くなり、強く酔つ払った時と似たような状態になったり、人によっては癲癇の発作症状も起こる」とあることからも、今回の事件と同じような被害を与える兵器なのだろう。
ちなみに、件のイギリスのセキュリティ会社によると、この兵器に使うためにもつとも効果的な光の色は「赤」だそうだ。今回、間題となった光の点滅は、赤と青だったはずである。ポケモンは図らずして兵器の役割を果たしてしまったということか!?

▶| ピカチュウは悪くないでチュウ!?

肝心の子どもたちは、今回の事件について、どう感じたのか。一説によると、子どもたちの間に、ポケモン都市伝説が蔓延しているらしい。『SPA!』九八年二月四日号の「中森文化新聞」によると、「アニメだけじやなくゲームも禁止されるらしい」「ピカチュウのグッズでも呪われる」「アニメで倒れた子どもには、特殊なパワーが与えられた」「倒れた子どもたちは地球を救う」などなどの噂が子どもたちの間を飛び交っているという。もっとも、この記事、「部屋を暗くしてドラッグを決め、例の光の点滅シーンを何度も繰り返して見る〃ポケモン・アシツド・パ—ティー〃が開催中」とまで書いてあるところを見ると、どうにも怪しい。まあ、この記事自体が、一種の「都市伝説」のようなものである。
では、もう少し信頼(?)に値する情報源から、子どもたちの声を拾ってみよう。タイムリーなことに、つい先日、『ピカチユウの逆襲』(宮川俊彦編・同文書院)という本が出た。「子どもたちはポケモンパ二

99  PART-1▶「ポケモン事件」とメディア

ックをどう見たか」というサブタイトルか らもわかるとおり、今回の事件を直接に扱 つた本である。
この本は、ポケモン事件に関する子どもたちの作文を集めた構成となっている。対象となつているのは、小学生から高校生までと、幅広い。では、その中からいくつか興味深いものを引用してみよう。
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「マインドコントロール——あやつられ る人々」      中一        小林芙美
けいれんや体の調子がおかしくなったのは問題の四秒間ではなく、「ポケモン」という番組自体全てではないのだろうか。「ポケモン」が知らず知らずのうちにウィルスとなって、子ども達をマインド・コントロールしてしまっていたのだ。子どもたちが「ポケモン」を見ようとしていたのではなく、「ポケモン」が子ども達に見させようとコントロールしているのではないか。私達がテレビのチャンネルをあやつっているのではなく、テレビのチャンネルが私達をあやつり、「ポケモン」が私達をあやつっているのではないだろうか。(後略)(同書五七ページ)
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これを読むと、冒頭で引用したポケモン都市伝説もあながち噓とは言い切れないような気がしてくる。やはり、ポケモンはマインドコントロール・アニメなのか?サブリミナルアニメなのか?やはり彼ら(彼女ら)は、ポケモン・ショツク・チルドレンなのか?
もう一つ。こちらはまさしく陰謀論だ。
*
「ポケモン」      小五         大橋靖弘
ぼくはなぜ光っただけで入院者が続出したのか、ぎもんに思った。
ポケモンみたいにひかっているものはいくらでもある。ミクロアドベンチャー、エイリアンて、ばくはってきな映画など、みて、気持ち悪くならないのは、おかしい。ポケモンだけなるのはおかしい。ばくはってきな映画などは、どれがどういうふうにひかるかなどは、わからない。ポケモンのピカチュウはどういう光を出すのかはみんな頭の中に入っているはず。青、赤、緑の光がてんめっしていても気持ち悪くならない。
信号も、てんめつしている。それで気持ち悪くならないのがおかしい。この事件で四十三才の人までもけいれんが起きた。すごくおかしい。
もしかしたら、ポケモンのスタッフたちがポケモンの人気をおとしてやろうと思ってそうしたかもしれないと思っている。(同書一八五ページ)
*
いったいどこの世界のスタッフが自分たちの作品を貶めるようなことをわざわざするというのだ?などと子どもにツッコミを入れても仕方ないので、こうした意味不明・根拠薄弱な噂が蔓延しているのは、何も子どもたちに限ったことではないという証拠を一つ挙げておこう。
問題となったポケモンのビデオを教室で

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子どもたちに見せたりして議論を呼んだ事件が何件かあったが、なんと、『ピカチュウの逆襲』の宮川俊彦氏自身がこう書いている。
*
どうせ問題となってしまうのだから言っておこう。ボクの助手でしかも高校生でしかも最近学校に行っていない秀才君が、その時のポケモンをビデオに収録していた。「何で早く言わない?」問い詰めたら、「いつ言おうかと思ったんですが、つい言いそびれて……」。
翌日、早速持って来させた。しかしさすがに低学年のクラスでは放映する勇気がない。してもいいと思いつつ、「万ー」がふと脳裏をよぎる。ぶつ倒れる子が出たら、しがない草莽の教師は年貢の納め時。新聞にも出るよなきっと……。ぎりぎり迷ってしなかった。子どもたちからは当然のようにブーイング。
「大丈夫だよ。疑ってかかってるから」。ある教師に言われた。「先生のところの子は倒れませんよ。免疫ができているから」。何だかわからない……。(同書六二ページ)
*
宮川俊彦氏は国語作文研究所所長だそうである。それにしては、こなれていない文章だなあ、などという感想はさておき、結局、最終クラスで問題のビデオを放映したそうである。幸いにして誰も倒れなかったそうだが、「免疫」があれば大丈夫だという物言いには恐れ入る。連日の報道でこれでもかというほどに危険性が指摘されているのだから、そういう物言いこそ「疑ってかかる」のが普通というものだろう。

▶| 野生の逆襲を誇れ!

最後になるが、ポケモンに関する発言をした大として、絶対に忘れてはいけない大がいる。かつてニューアカ(ニューアカデミズム)の旗手として浅田彰氏などとともに一世を風靡した宗教学者の中沢新一氏だ。今回の事件ではコメントを発表していないものの、中沢新一氏には『ポケットの中の野生』(岩波書店)というポケモンそのものを論じた本がある。『ポケットの中の野生』は、アニメとしてのポケモンを扱ったのではなく、ゲームとしてのポケモンを扱った本だ。中沢新一氏はかって、ゼビウス論などを発表したこともあり、どうやらゲームに関しては一家言もっているらしい。
中沢新一氏によると、ポケモンは、かつての子どもたちが山野を駆けめぐり、虫捕りや植物採集に熱中したのと同じ次元で捉えられるものらしい。現代日本の子どもたちは「ポケモン」を通じて「野生の思考」をはぐくんでいるのだそうだ。「野生の思考」とは、言うまでもなく、文化大類学者としてあるいは構造主義の震源地たる大物として、一世を風靡したクロード・レヴィ゠ストロースの言う「野生の思考」である。
この『ポケットの中の野生』での中沢新一氏の主張をひと言で言ってしまえば、ポケモン絶賛論である。中沢新一氏によれ

101  PART-1▶「ポケモン事件」とメディア

ば、ポケモンは、自分の中に息づいてい る、なまの、手つかずの「自然」に触れる ことができたような快感を子どもに与えた ということになるらしい。多様なモンスタ ーたちの背後には(十九世紀の社会学者コ ントの言う)「森の神」がいて、通信ケー ブルを使って行なわれる「交換」は、(人 類学で言う)「贈与の霊」ということだそ うだ。コジツケじやないかという気もしな いではないものの、このあたりのレトリッ クは中沢新一氏ならではのものであり、な かなかに「神秘的」である。ついでに言っ ておけば、それゆえにいかがわしい。
ゼビウス論の頃は、ゲームキッズはバグ とー戯れ」ていたはずだったが、今時の子 どもは「野生」と「戯れ」ているというこ とか。オウムの後はポケモン。時代は変わ れば、言説も変わるものだ。
しかし、とりあえず、そんなことはどう だっていい。問題は、中沢新一氏が、今回 の事件をどう捉えているのか、ということ に尽きる。これに関しては、中沢新一氏のコメントが何もないため、何とも言えない が、今回の事件はさしずめ、「野生」の逆 襲といったところだろうか。あるいは、評 論家の大塚英志氏の「『ポケモン』のカの 背景には、アニメの原作となったゲームの 作り手の力が作用しているはずである。だ から、敢えて記すが、『ポケモン』の作り 手たちは、今日の事故が起きたことは不幸 だったのかもしれないが、その上で、自ら の作ったものを『誇る』べきだ、と思う」 (『創』九八年三月号「『ポケモン』事件とTV 神話の崩壊」)というコメントと似たような 捉え方をしているのかもしれない。 子どもたちが倒れたことを「誇れ」と言 う大塚英志氏のもの言いも相当なものだと 思うが、中沢新一氏にトンデモ言説を期待 する向きにとっては、「パカパカに耐える のはチベット密教の修行の一種だ」とでも 言ってほしいところではある。とはいえい ざ中沢新一氏が今回の事件にコメントを発 表するとなれば、見事な「器用仕事」(ブ リコラージュ)ぶりを見せてくれるに違いない。
前述した苫米地英人氏は、インタビュー の中で、「中沢新一さんがポケモンの本を 去年あたり書いたでしょ、あの人はすごい なと思うわけ。社会では批判的に、オウム に近いからって言ってる人が多いけど、そ ういう意味じやなく。つまりオウムに目を 付けた人がポケモンに注目したというのは 鋭いなと思う。良い意味で」と言ってい る。たしかに、着眼点は鋭いとは思う。い や、何もポケモンとオウムを同列に扱いた いわけではない。しかし、中沢新一氏の注 目するものには「何か」が起きることが多 いようだ。まったくもって「鋭い」。ある 種の「嗅覚」があるとしか思えない。この 意味では、中沢新一氏は「野生の思考」を 持ち続けているモンスタ—と言ってもいい だろう。ちなみに、モンスタ—の語源は、 「注意する、警告する」という意味をもつ ラテン語の「モンストルム」だそうであ る。そう、苫米地英人氏の言う「ポケモン 教信者」はここにいたのだ。

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