Pokemon Story/p133

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あるカツト、シーンごとに、カメラのフレームの隅々まで心配りがなされ、視覚的効果が計算されていなければ、張りのある映画にはなりません。

少年時代のすべてをゲームに

ゲームも同じです。作者が十分に考え、知恵を絞っていない場面があれば、プレーヤーはそれを敏感に感じ取ります。ゲーム全体の流れを導いてゆくアイデアと、その流れを構成する場面、レベルごとのアイデア。それはカットを積み重ねてシーンを描き、シーンを繫いで物語を作り上げるという、映画の構造と同じです。そこに積み上げられたアイデアの密度と質が、作者のゲームクリエータ—が、何にどれほど深くこだわっているのかを表示するインジケータ—になります。
「ぼくは、13歳でインベーダーゲームに初めて向き合って以来、ゲームをやりながら育ってきた人間なんです。なぜそういうことになったかと言うと、ゲームはどうして面白いんだろう?どうしてオレはゲームを面白いと思うんだろう?どうしてオレはゲームをこんなに、大晦日も正月もね、やってしまうんだろう?というようなことを考えてきて、そのうち面白いゲームっていうのはどういうものなのかと分析するようになったわけですね。その発見をみんなに知ってもらおうとゲームフリークを始

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ることができないのです。できたとしてもそのキャラクターは魅力の乏しい、作り物のにおいのする味気ない物になりがちなのです。
ではどうすれば……。自分の体験をキャラクタ—やストーリーに生かすということがヒット作への最短距離と言っても過言ではありません。なぜなら、主人公の言葉は体験に基づいているので嘘が無く説得力がありますし、ストーリーは細部のディテールまでいきいきと描かれるでしょう。自分史にフィクションをプラスしストーリーを構築するというのは有名作家なら必ず卜ライしたことのある手法なのです。ある意味、田尻さんのアプローチは知らぬまに王道をいっていたようです。
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