Pokemon Story/p73

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第1章  誕生

横井は、『ゲーム&ウォッチ』を、「マルチソフト化できないか」と考えました。具体的には、プレーできるソフトをファミコンと同じようにカートリッジ式にすることです。そうすれば、『ゲーム&ウォッチ』はさらに魅力的な携帯用ゲーム機になります。しかしそのためには、ゲームソフトのカートリッジをーから設計しなおさなければなりません。また、ゲーム機本体も、小さな液晶モニターでより複雑化したゲームを表現することになるため、さまざまな工夫が必要になります。さらに、せっかくの携帯用ゲーム機なので、電池でできるだけ長く遊べるように、消費電力は極力抑えなければなりません。
考えただけでも、その実現は無理ではないかと思われました。
しかし、『ゲーム&ウォッチ』とファミコンの双方の長所を取り入れることができれば、かつてないゲーム機になるのは間違いありません。山内も横井のこの企画が気に入り、通信機能も必ずつけておくようにと、追加の注文も出しました。そして開発されたのが、1989年春に発売された初代『ゲームボーイ』です。モノクロ液晶モニター付きのカートリッジ式携帯用ゲーム機。価格は1万2500円。液晶モニタ—をカラーではなくモノクロにしたのは、消費電力と価格を抑えるためでした。オプションで通信ケーブルも用意され、いつでもどこでも相手さえいれば対戦して遊べました。

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ゲー厶ガーイマルチッフト版ゲー厶&ウォッチとして開発されたゲー厶ボーイは、本体価格と液晶画面が最大のポイントだったと言われています。89年当時はすでにカラーでゲー厶が楽しめるファミコンが売られておりました。モノクロ画面のゲー厶ボーイの価格は市場的な感覚では当然ファミコンより安いものと思わるわけです。ところがゲー厶ボーイは、設計的には中身はファミコンとほぼ同等、それに液晶画面がついているのだからコスト的にはファミコンより高くても当たり前の商品なのです。ファミコンより安く発売するということがゲー厶ボーイの最大の課題だったのです。横井軍平さんは、シャープの液晶価格の大幅値下げと液晶の
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