Pokemon Story/p62

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あまりぱっとしない業務用ゲーム機のてこ入れをしようと山内が思ったとき、たまたま開発部門のスタッフに手の空いた人間がおらず、そこで思い出したのが宮本だったのです。山内は宮本に、「好きなようにやっていい」と言いました。そして出来上がったのが、『ドンキーコング』でした。
『ドンキーコング』は、それまでの破壊と殲滅をテーマとするゲームとはまったくコンセプトの異なった、愉快で微笑ましいゲームでした。山内はこのゲームが気に入りました。海外では、特にアメリカではそのタイトルが初めは不評でしたが、山内はー切無視して売らせました。そして『ドンキーコング』は、任天堂初の世界的スーパーヒットとなったのです。任天堂は、スタ—社員を作らないという方針の会社ですから、山内が宮本を社外に向かって特に持ち上げて紹介することはありません。しかし、『ドンキーコング』の成功を見た山内が、任天堂のソフト開発力に関して、大きな自信を持ったことは間違いありません。
ソフト開発力に当面の心配がなくなった任天堂は、それまで以上に山内が求める革新的なゲーム機の開発に力を注ぎました。ようやく完成したのは1983年です。それがテレビゲーム機の代名詞となったファミコン『ファミリーコンピュータ』でした。ファミコンには、他社のゲーム機と比較して際立って優れていた点が二つありました。性能と値段です。

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岩田聡さん
取締役経営企画室長。
1959年12月6日生まれ8P年4月株式会社ハル研究所入社。クリーチャーズ取締役などを経験後、2000年6月任天堂株式会社入社。現職に至ります。
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