Pokemon Story/p61

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第1章  誕生

任天堂が目指していたゲーム機も、もちろんカートリッジ式のゲーム機でした。ですから、任天堂は、ゲームソフトの開発力も同時に身につけねばならないのです。しかし、ゲームソフトの開発カは、結局のところ天才的なひらめきを持った個人の力に負うところが大きいのでは一一。山内はそう思うようになっていました『ポン』もブッシュネルの発明です。アップルのOSもジョブズのイメージです。もちろん、ソフトの開発には組織的な体制が必要ですが、新しいゲームの着想は、会議を重ねれば生まれてくるというものではないはずです。
『ウルトラハンド』や光線銃を開発した横井軍平のように、ビデオゲームのジャンルで天才的なひらめきを持つ人間が必要なのではないだろうか。しかし、そういう者が、我が任天堂にいるだろうか?
その答えは、1981年に出ました。任天堂にはビデオゲームの天才クリエータ—がいたのです。業務用ビデオゲーム『ドンキーコング』の作者宮本茂です。宮本は金沢市立美術工芸大学卒業後、1977年に任天堂に入り、企画部に配属されていたデザイナーでした。入社の面接のとき、宮本は初め、山内から「絵描きはいらない」と言われましたが、宮本が出してきたおもちやのアイデアが面白かったので入社することになったというエピソードが伝えられています。山内が自社製ゲームの開発者に宮本を起用したのは偶然からでした。

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宮本茂さん
取締役情報開発本部長。
1952年11月16日生まれ。77年4月任天堂株式会社入社。96年2月情報開発部長。2000年6月より現職。「ドンキーコング」「スーパーマリオ」「ゼルダの伝説」などゲー厶史上に残る作品を次々生みだしているゲームクリエイ夕ーです。ポケモンでも貴重なアドバイスと支援をおこなっています。
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