Pokemon Story/p60

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ければならない一一。それが山内の結論でした。ただ、それが商品となったとき、どのようなものになるのか、それは誰にもわかりませんでした。山内が求めるものが何か、任天堂は全社を挙げて考え始めました。
任天堂の研究開発をリードしてきた横井軍平は、次のような言葉を残しています。「いたずらに超高級な技術を求めるのではなく、安価に大量生産ができるような成熟した技術を利用するというのが任天堂の技術政策だ」(『ゲーム・オーバー』角川書店刊デビッド・シエフ著篠原慎訳から引用)この言葉からもわかるように、山内が求めていたのは、革命的な技術ではなく、革命的なアイデアによる新製品でした。その試行錯誤の過程から生まれたのが、1980年発売の『ゲーム&ウォッチ』でした。これは、当時急速に広まっていた電卓にヒントを得て横井軍平が思いついた、時計とゲームを内蔵する世界最小のコンピュータゲームでした。任天堂はこの『ゲーム&ウォッチ』を日本国内だけでなく世界中へ輸出して莫大な利益を得ました。
任天堂が全社を挙げて前例のない画期的な家庭用ゲーム機を目指していたとき、山内はゲームソフトの重要性にも気づいていました。アメリカではすでにカートリッジ交換式のゲーム機が何種類も開発されていました。それは、面白いゲームのカートリッジを供給しつづける限り、ゲーム機は古臭くならないことを意味しています。

[[IMAGE CAPTION 1|
ゲー厶&ウォッチ
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[[IMAGE CAPTION 2|
©Nintendo
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