Pokemon Story/p56

From Poké Sources
Pokemon Story p56.jpg
 
Warning: the text below has not yet been proofread!
The text below has not yet been translated.
Page 56, scan, edit, history
56

なかったのです。各社がライセンス管理を厳しくするのはこの頃からのことです。ところで、『ポン』というゲームは、今でこそもう珍しくもないテニスゲームですが、アメリカの一大ビデオゲーム・ブームの幕を開けた草分けのゲームとも立役者のゲームともいえる、単純にして偉大なゲームでした。
発明したのは、ノーラン・ブッシュネルという若者です。ブッシュネルは27歳のとき、世界初の商業的ビデオゲーム機『コンピュータ・スペース』を開発し、商品化しました。その功績から、ビデオゲームの父と呼ばれています。しかし、歴史的なゲーム機『コンピュータ・スペース』は、その操作の難しさからまったく売れませんでした。その反省から、ブッシュネルは今度はほとんど説明不要のゲームを作ります。それが『ポン』でした。
とはいっても、『コンピュータ・スペース』の失敗があったため、業務用ゲーム機メーカーはどこも二の足を踏みました。業を煮やしたブッシュネルは、自ら業務用ビデオゲーム機の製造販売に乗り出し、友人の1人と250ドルずつ出し合い500ドルで会社を始めます。それがアタリです。ブッシュネルは囲碁が大好きだったので、囲碁用語の「アタリ」という言葉をそのまま社名に使いました。彼は他にセンテ社という会社も作っていますが、これも囲碁でいう「先手」から取った名前です。ブッシュネルの思惑通り、業務用ビデオゲーム機に組み込んだアタリの『ポン』は

[[BOTTOM TEXT, pt 3|
結局僕は当たって砕けろ的な正攻法で提案することを心がけました。担当者へは、なるべく正直に企画のリスクも利益も話し、社長決裁を待つスタイルがベストな方法であると今も信じています。この方法で第三者には無理だと思われていた提案に対し、山内社長より思わぬ良い返事を頂いたことが何度かありました。それこそがぼくにとって「奥が深い!」という意味なのです。もちろん、社長へっないでいただいた社員の方々の努力があってこその「社長OK」です。彼らへの感謝はまた別の機会に述べさせてもらいます。
また「リスクを含めて正直に話す」以外にも企画提案する際、気をつけている点があります。それを列記しましよ
]]

← Page 55 – Page 57 →

Note: to add furigana, use {{Ruby-ja}}.