Pokemon Story/p55

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第1章  誕生

画面上を行き来する光のボールを、ラケットに見立てた長方形のパドルで打ち合うゲ—ムです。オデッセーではこれに工夫が加えられて、テレビのモニターに専用のフィルタ—をかけると、光のボールの見え方を変えられるようになっていました。ですからオデツセー1台で、テニスやサッカーやフツトボールのゲームを楽しめました。ォデツセーは発売後1年間で10万台が売れ、各社が家庭用ゲーム機に参入するきっかけになりました。
ォデツセーに続いて、1974年にはアタリ社から『ポン』というゲーム機も出ました。これもオデツセーと同じようなテニスゲームでしたが、実はこのテニスゲームは、もともとはアタリ社の業務用ビデオゲーム『ポン』だったものです。それをいち早く家庭用ゲーム機に移植したのがマグナボツクスで、本家のアタリが出遅れたというわけです。ポンもヒットしました。
ただ、アタリのゲームをマグナボツクスが堂々と商品化したことからもわかるように、まだゲームソフトの著作権は十分保護されていない時代でした。マグナボックスのオデツセーにしても、アタリとの間には提携関係もライセンス関係もありません。ですからアタリがポンを市場に投入したとき、すでに『ポン』タイプのゲームを移植した類似品がたくさん出回っていました。フォーチュン誌の調査によれば、実際に販売された『ポン』タイプの家庭用ゲーム機のうち、アタリ社製のものは1割ほどしか

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であろうと社外であろうと山内社長のレスポンスを絶えず想像しながら仕事をする必要が出てきます。任天堂に出入りする人たちの中には、過去の社長の反応デ——タなどから傾向と対策を練り様々な策を弄する方もいますが、こういう方ほど策に溺れ外すことが多いように見受けます。そして彼らは予想を外した後必ず言うのです。
「う一ん、奥が深い!」
僕の言う「奥が深い一」はこのような意味ではありません。山内社長は冒頭の「ゲ——厶スタ——卜」の説明にあったように囲碁の最上段者です。囲碁は最高の戦略ゲ——厶です•その達人には小細工は通用しません。顔は見えていなくても、心は見透かされているような気がしてなりません。
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