Pokemon Story/p49

From Poké Sources
Pokemon Story p49.jpg
 
Warning: the text below has not yet been proofread!
The text below has not yet been translated.
Page 49, scan, edit, history
第1章  誕生

めの余力を蓄えることができました。
いま、任天堂のゲーム機から生まれたポケモン・キャラクターが、ディズニー・キャラクターを上回る影響力を持つようになったことを思うと、時代のうつろいを感じます。山内が、キャラクターの影響力というものに気づいたのもこのときですが、しかしもちろん、ただディズニー・キャラクタ—のカだけでヒット商品になったわけではありません。タバコ屋さんの販売網に加え、任天堂は新しい流通ルートの構築にも乗り出し、デパートや大手玩具店といった、当時台頭しつつあった大規模小売店にも積極的な営業を進めて成功を呼び込んだのです。
ディズニー・トランプの成功で体力をつけた後、山内は社名から「カルタ」という言葉を取り除いて、現在の社名である任天堂としました。さらに現代的な資金調達の手段を取り入れ、大阪と京都の証券取引所二部への上場も果たします。任天堂は、戦後の一流企業へのステツプを登り始めるとともに、京都の老舗玩具メーカーから、現代的なエンタテインメント・カンパニーへと脱皮し始めたのでした。エンタテインメント・カンパニーという山内の定義づけは、商品開発を担当するものにとっては、娯楽を提供する品質の高い商品という枠組みの中に入ってさえいれば、カードに限らずどんな商品でも自由に開発してよろしいというお墨付きでした。山内は、創業以来の伝統を残しながら、商品開発には自由な発想を求めたのです。

[[BOTTOM TEXT, pt 2|
その動向は海外からも注目されています。
任天堂は2000年11月現在、21世紀のエンタテインメント企業を目指し、次にあげるゲー厶事業をすでに発表しました。①2001年3月、ゲー厶ボーイアドバンスの開発・発売。②2001年末、松下電器との共同開発ゲー厶機「ニンテンドーゲー厶キューブ」の開発・発売。③ポケモンセンターの海外展開開始。世界拠点として11ヶ所をリストアップ。
いずれの企画もポケモンが核となることは間違いなく、会社の浮沈はポケモンにかかっていると言っても過言ではないでしょう。
]]

49

← Page 48 – Page 50 →

Note: to add furigana, use {{Ruby-ja}}.