Pokemon Story/p317

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第2章  ブレイク

と決意します。田尻のゲームに、負けたくなかったのです。
制作会議のメンバーの中で、監督の湯山邦彦も、アニメのポケモンの世界観形成に、大きな影響を与えた1人です。
「ポケモンの話がきたとき、これ、絶対やりたいって思いました。ぼくの子どもがやっていたので知ってたんです。だから、ゲームをみんなが始めるまでは、スタッフの中では、ポケモンのこと、ぼくが一番よく知ってたんですよ」監督の湯山邦彦は、1952年に東京で生まれ、大阪で育ちました。吉川より6歳年上ですが、吉川と同じように手塚治虫のアニメに魅了されて、初めは漫画家、次にアニメ界を志しました。湯山が触発された作品は『鉄腕アトム』でした。長じて、ア二メ制作プロダクションの葦プロに入社します。葦プロは『マシン口ボ』など玩具とリンクした子ども向けアニメを製作しているプロダクションです。
「葦プロで初めて演出をやったんです。作品は、『銀河鉄道999』でした。そのあと、監督作品として最初のシリーズものではテレビ東京の『プリンセスミンキーモモ』や、NHKの『アニメ三銃士』があります。それから、青山剛昌さんが『名探偵コナン』の前に描いていた『ヤイバ』、ポケモンの話があった頃は、OLMで『ウェディングピーチ』をやっていましたね」
OLMは、小プロからの発注を受けてアニメを制作しているアニメ制作プロダクシ

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湯山邦彦さん
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総監督。
人呼んで「練馬の大いなる意思」。1952年生まれ。代表作は、魔法のプリンセスミンキーモモ、劇場版スレイャーズ、恐竜冒険記ジュラトリッパー、幻夢戦記レダ、TWDEXPRESSローリングティクオフ、愛天使伝説ウエディングピーチ、新気まぐれオレンジロード、ウィンダリア。
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